最終章では、SAF(持続可能な航空燃料)産業の将来を展望します。2030年までの需給ギャップ、年率33〜46%で成長する市場予測、合成燃料(e-fuel)本格化の条件、AI活用による効率化、そして日本の産業界への示唆を総括します。

2030年までの需給ギャップ──最大の不確実性

SAF産業の短期的な最大の論点は、需給ギャップです。EU・英国の混合義務、日本の10%目標、CORSIAの義務化フェーズ入りにより、2030年の世界のSAF需要は制度によってほぼ確定的に積み上がっていきます。一方、供給側はプラント建設の遅延、原料確保の難航、資金調達環境の変化といった不確実性を抱えており、IATAは2026年の生産量でも航空燃料全体の0.8%にとどまると指摘しています。

需給が逼迫すれば、SAF価格はさらに上昇し、義務を課された航空会社・燃料供給者のコスト負担が急増します。逆に、政策の予見性が揺らげば投資が止まり、供給はさらに遅れるという悪循環のリスクもあります。2020年代後半のSAF産業は、「制度が作った需要」に「産業の供給力」が追いつけるかを試される期間になるといえるでしょう。

市場予測──CAGR33〜46%の急成長産業

不確実性を抱えつつも、SAF市場の成長予測は際立っています。世界市場規模は2024年の約15億〜18億ドルから、2030年には150億ドル以上、2032年には286億ドル、2034年には746億ドルに達するとの予測があり、年平均成長率(CAGR)は33.3%〜46.2%と、エネルギー関連市場としては突出した水準が見込まれています。国内市場も2025年の約200億円から2030年には700億円規模への拡大が予測されています。

長期では、IATAが2050年に必要と推計する年間約4.5億キロリットルのSAF供給が実現すれば、SAFは現在の石油精製業に匹敵する巨大産業となります。燃料そのものに加え、原料回収、プラントエンジニアリング、触媒、認証、物流、環境価値取引まで、バリューチェーン全体で新しい事業機会が生まれつつあります。

世界SAF市場規模の予測(億ドル)
2024年
約15〜18
2025年
約20〜27
2030年
150超
2032年
約286
2034年
約746

※複数の市場調査レポートの予測値を編集部が整理。予測は調査機関により幅があります。

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e-fuel本格化の条件──グリーン水素との連動

2030年代のSAF供給の主役交代を握るのが、合成燃料(e-fuel)です。バイオ燃料系SAFが原料制約に直面する中、電力・水・CO2から作れるe-fuelは供給量の理論的上限が事実上存在しません。EUがe-fuelに独自のサブターゲットを課したのも、この技術の立ち上げを確実にするためです。

e-fuel本格化の条件は明確で、グリーン水素の製造コスト低減に尽きます。水電解装置の量産、再生可能エネルギーの低価格化、そして安価な再エネ適地(中東・豪州・南米など)での大規模生産と海上輸送の組み合わせが実現すれば、e-fuelのコストは現在の5〜10倍から数倍程度まで低下すると試算されています。CO2の調達についても、工場排ガスからの回収に加え、大気中から直接回収するDAC技術との連動が模索されており、SAFはCCUS・水素・再エネという脱炭素インフラ全体の結節点となりつつあります。

技術革新とAI──生産と供給網の最適化

SAF産業の効率化において、AIの役割が急速に拡大しています。製造面では、多様な原料からの変換効率を最大化するため、温度・圧力・触媒の最適な組み合わせをAIがリアルタイムで分析・予測する取り組みが進んでいます。ユーグレナ社が微細藻類の安定培養と生産量予測にAI・IoTを活用する共同研究を開始したように、バイオ燃料の生産性向上にもAIが組み込まれ始めました。

サプライチェーン面では、廃食油回収ルートの最適化、需要予測に基づく在庫・輸送管理、ライフサイクルCO2削減量の算定とトレーサビリティ確保など、AIによるデータ分析が制度対応と物流効率の両面を支えます。さらに、新触媒の探索を加速するマテリアルズ・インフォマティクスや、燃費最適の飛行ルート提案による燃料消費の直接削減まで、AIは「SAFを作る側」と「使う側」の双方で航空脱炭素を後押しする存在になっています。

日本の産業界への示唆

SAF産業の拡大は、日本の産業界に多面的な機会をもたらします。石油元売にとっては製油所インフラと人材を活かした事業転換の受け皿であり、エンジニアリング企業にとってはプラント建設需要、商社にとっては原料・燃料・証書のトレーディング機会です。廃棄物処理業や外食産業も、廃食油という「都市資源」の供給者として産業の一角を占めます。

鍵となるのは、コスト競争力のある国産SAFサプライチェーンを2020年代のうちに確立できるかです。原料の国内確保、製造技術の多様化(HEFAからATJ・FT合成・e-fuelへ)、そして需要側の負担分担の仕組みづくりを同時に進める必要があります。アジア太平洋地域はSAF需要の高成長が見込まれる市場であり、国内で培った技術とサプライチェーン運営の知見は、地域への展開余地も持っています。

総括──0.8%の現在地と、その先へ

本サイトで報告してきたとおり、SAF産業は「規制が需要を作り、技術と原料が供給を決め、政策と市場がコストギャップを埋める」という構造で動いています。2026年時点のSAFは航空燃料のわずか0.8%にすぎませんが、その背後では、製造プラントの建設ラッシュ、原料をめぐる国際競争、環境価値取引という新市場の形成が同時進行しています。

2050年の航空脱炭素は、SAFなしには実現できません。持続可能な航空燃料が「特別な燃料」から「当たり前の燃料」になるまでの四半世紀は、エネルギー・素材・物流・金融のあらゆるプレイヤーにとって、参入と挑戦の機会が開かれた時間となるはずです。当サイトでは、今後もSAF産業の動向を継続的に報告してまいります。