本ページでは、SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)の定義と特徴、航空業界が脱炭素を迫られる構造的な背景、そしてSAFが「航空脱炭素の切り札」と呼ばれる理由を、基礎から体系的に解説します。
SAF(持続可能な航空燃料)の定義と特徴
SAFとは、廃食油、植物油、動物性脂肪、都市ごみ、農業・林業残さなどのバイオマス、さらには回収したCO2と再生可能エネルギー由来の水素といった、持続可能な原料から製造される航空燃料の総称です。日本語では「持続可能な航空燃料」と訳され、従来の化石燃料由来ジェット燃料の代替として、航空脱炭素の中核を担う存在と位置づけられています。
SAFは大きく2つの系統に分類されます。1つは廃食油やバイオマスを原料とするバイオ燃料系のSAFであり、水素化処理によって製造するHEFAや、ガス化とFT合成を組み合わせる方式が代表例です。もう1つは、発電所や工場から回収したCO2とグリーン水素を合成して製造する合成燃料(e-fuel)です。合成燃料は原料制約が小さく、将来の大量供給に向けた切り札として期待されていますが、現時点では製造コストの高さが課題となっています。
重要な点は、SAFが「持続可能性の基準を満たすこと」を要件とする燃料だということです。単にバイオ由来であればよいわけではなく、食料競合の回避、土地利用変化の抑制、ライフサイクル全体での温室効果ガス削減といった基準を満たし、国際的な認証を取得した燃料だけがSAFとして取引されます。この持続可能性認証の仕組みが、SAF市場の信頼性を支えています。
なぜ航空業界に脱炭素が求められるのか
航空業界は、世界のCO2排出量の約2〜3%を占めるとされています。一見すると小さな割合に思えますが、国際航空需要は長期的に年率3〜4%で成長すると見込まれており、対策を講じなければ排出量は2050年までに大幅に増加すると予測されています。加えて、高度1万メートル前後での排出は、CO2以外の飛行機雲や窒素酸化物による非CO2影響も指摘されており、気候変動対策における航空部門の責任は排出シェア以上に重いと考えられています。
他の輸送部門と比較したとき、航空の脱炭素が特に難しい理由は「代替手段の乏しさ」にあります。自動車はEV化が急速に進み、鉄道は電化が完了している路線が多い一方、大型旅客機はエネルギー密度の制約から電動化が極めて困難です。バッテリーはジェット燃料に比べて重量あたりのエネルギー密度が数十分の一にとどまり、長距離国際線を電動航空機で運航することは当面現実的ではありません。水素航空機も機体・空港インフラの両面で開発途上にあり、実用化は2035年以降と見込まれています。
つまり、既存の機材と既存の空港インフラをそのまま使いながらCO2排出量を削減できる手段は、実質的にSAFしか存在しないのです。国際航空運送協会(IATA)は、2050年カーボンニュートラル達成に必要な排出削減のうち約65%をSAFが担うと試算しており、持続可能な航空燃料が航空脱炭素の最重要手段であることは国際的なコンセンサスとなっています。
ライフサイクルで最大80%のCO2削減効果
SAFの環境価値は「ライフサイクルアセスメント(LCA)」の考え方で評価されます。SAFも燃焼時にはCO2を排出しますが、原料となる植物が成長過程で吸収したCO2や、廃棄物の有効活用によって回避される排出を差し引くと、原料調達から製造、輸送、燃焼までのライフサイクル全体で、従来のジェット燃料と比較して最大80%程度のCO2排出削減が可能とされています。
削減率は原料と製造方法によって異なります。廃食油を原料とするHEFA由来のSAFは70〜80%台の削減率を達成する例が多く、都市ごみを原料とするFT合成や、再生可能エネルギーを用いる合成燃料では、条件次第でさらに高い削減率も期待できます。ハネウェル社が2024年に発表した新しい水素化分解技術のように、炭素集約度を90%低減するとされる製造技術も登場しており、削減率の向上は製造技術ページで詳しく解説する技術革新と表裏一体で進んでいます。
※原料・製造条件により削減率は変動します。公表資料をもとに編集部作成。
ドロップイン燃料としての利点とASTM D7566
SAFの実用上の最大の利点は、「ドロップイン燃料」であることです。ドロップイン燃料とは、既存のジェットエンジン、機体、給油インフラをそのまま利用できる燃料を意味します。航空機や空港設備の改修が不要であるため、供給さえ確保できれば即座に航空脱炭素へ貢献できる点が、SAFが最も現実的な解決策とされる理由です。
SAFの品質は、国際規格であるASTM D7566によって担保されています。同規格は製造パスウェイごとに従来ジェット燃料への混合上限(多くの技術で最大50%)を定めており、規格に適合して混合された燃料は、通常のジェット燃料規格(ASTM D1655)と同等品として扱われます。つまり、機長も整備士も、SAF混合燃料を特別扱いする必要はありません。近年は混合比率100%(ニートSAF)での飛行実証も進んでおり、エアバスやボーイングは2030年までに100%SAF対応機材の実現を掲げています。
この「既存インフラとの完全な互換性」と「国際規格による品質保証」の組み合わせにより、SAFは技術的リスクの低い脱炭素手段として、航空会社・燃料供給者・規制当局の三者から支持を集めています。
2050年ネットゼロへのロードマップ
国際的な航空脱炭素の枠組みは、ICAO(国際民間航空機関)とIATAが主導しています。IATAは2021年に「2050年ネットゼロ」を業界目標として採択し、ICAOも2022年の総会で2050年までの国際航空のカーボンニュートラル達成を長期目標(LTAG)として合意しました。この目標達成のシナリオでは、SAFによる削減が全体の約65%、新技術(水素・電動)が13%、運航効率改善が3%、残りをカーボンオフセットやCO2除去が担うとされています。
足元の進捗を見ると、2025年の世界SAF生産量は約190万トン、2026年は約240万トンと拡大を続けていますが、それでも航空燃料全体のわずか0.8%にすぎません。IATAが2050年に必要と推計するSAF供給量は年間約4.5億キロリットルに達しており、現在の生産能力との間には桁違いのギャップが存在します。このギャップを埋めるための製造技術、原料調達、規制、コスト低減の各論点を、続く各ページで詳しく報告していきます。
- 2008〜2011年バイオジェット燃料による試験飛行が相次ぎ、2011年にASTM D7566へHEFAが追加。商用フライトでのSAF利用が可能になりました。
- 2016年ICAO総会でCORSIA(国際航空のためのカーボン・オフセット及び削減スキーム)採択。国際航空の排出に上限の枠組みが誕生しました。
- 2021年IATAが2050年ネットゼロを決議。SAFが削減の主力手段と位置づけられました。
- 2025年EUでReFuelEU AviationによるSAF混合2%義務化が発効。日本でも国産SAFの商業供給が始まりました。
- 2030年日本は燃料使用量の10%をSAFへ置き換える目標。EUは混合義務6%へ引き上げ予定です。
まとめ:SAFを理解する3つのポイント
第一に、SAFは持続可能な原料から作られ、ライフサイクルで最大80%程度のCO2削減を実現する航空燃料であり、バイオ燃料系と合成燃料(e-fuel)系に大別されます。第二に、航空業界には電動化・水素化という代替手段が当面利用できないため、既存インフラで使えるドロップイン燃料であるSAFが、航空脱炭素の唯一の現実解となっています。第三に、2050年ネットゼロに必要な供給量と現状の生産量には大きなギャップがあり、このギャップこそがSAF産業の成長余地そのものです。
次章では、このSAFがどのように作られるのか、HEFA・ATJ・FT合成・e-fuelという4つの主要製造技術を比較しながら解説します。