SAF(持続可能な航空燃料)には複数の製造方法(パスウェイ)が存在し、原料・コスト・技術成熟度がそれぞれ大きく異なります。本ページでは、国際規格ASTM D7566で認証された技術のうち、産業として特に重要なHEFA・ATJ・FT合成・e-fuelの4つを比較しながら解説します。
ASTM認証パスウェイの全体像
SAFの製造技術は、国際規格ASTM D7566の附属書(Annex)として認証される仕組みになっています。2026年時点で認証済みのパスウェイは11種類を超えており、それぞれに原料の種類と従来ジェット燃料への混合上限(多くは50%)が定められています。認証を取得した燃料は既存のジェット燃料と混合したうえで、通常燃料と同等品として給油・使用できます。
数あるパスウェイの中で、商業生産の実績と将来性の観点から業界の主役となっているのが、HEFA(水素化処理エステル・脂肪酸)、ATJ(アルコール・トゥ・ジェット)、FT合成(フィッシャー・トロプシュ合成)、そしてPtL(Power to Liquid)とも呼ばれる合成燃料(e-fuel)の4系統です。現在の世界のSAF生産量の大半はHEFAが占めていますが、原料制約の観点から、2030年代にはATJ・FT合成・e-fuelの比重が高まると予測されています。
HEFA──商業化が最も進む主力技術
HEFA(Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)は、廃食油や植物油、動物性脂肪といった油脂系原料に水素を添加して精製する製造技術です。既存の石油精製技術の延長線上にあるため技術リスクが低く、世界のSAF供給の8割以上を占める、現時点で唯一大規模商業化に成功したパスウェイです。
世界最大のSAFメーカーであるフィンランドのNeste社は、シンガポールとロッテルダムの製造拠点を拡張し、年間220万トン規模の生産能力構築を進めています。日本でも、大阪府堺市のサファイア スカイ エナジーのプラントが国内の廃食油のみを原料とするHEFA方式で2025年に商業供給を開始しており、国産SAFの第一歩もHEFAから始まりました。
一方でHEFAの構造的な課題は原料の供給制約です。廃食油や動物性脂肪の発生量には上限があり、世界中の航空燃料需要を賄うにはまったく足りません。このため、HEFAは「2020年代の主力」ではあるものの、長期的には他のパスウェイによる補完が不可欠とされています。原料をめぐる国際的な争奪戦については原料調達のページで詳述します。
ATJ──エタノールからジェット燃料へ
ATJ(Alcohol to Jet)は、バイオエタノールやイソブタノールなどのアルコールを脱水・重合してジェット燃料に変換する技術です。世界的に生産インフラが確立しているバイオエタノールを原料にできるため、原料調達の面でHEFAより高い拡張性を持ちます。
この分野を牽引するのが米国のLanzaJet社です。同社は2024年に世界初のATJ商業プラント「フリーダム・パインズ・フュエルズ」をジョージア州で稼働させ、エタノール由来SAFの量産時代の扉を開きました。同社には全日本空輸(ANA)や三菱商事、大手石油会社も出資しており、日本企業との関係も深い技術です。また、LanzaTech社の排ガス由来エタノール技術と組み合わせることで、製鉄所の排出ガスからSAFを製造するルートも実証されています。
国内では、GX(グリーントランスフォーメーション)関連の支援を受けて、国産バイオエタノールやサトウキビ由来エタノールを活用するATJプラント構想が複数進行しており、2020年代後半の商業化が見込まれています。
FT合成──都市ごみ・バイオマスをガス化する
FT合成(Fischer-Tropsch合成)は、都市ごみ、農業・林業残さ、廃プラスチックなどを高温でガス化し、得られた合成ガス(一酸化炭素と水素)を触媒反応で液体燃料に変換する技術です。原料の選択肢が非常に広く、これまで焼却・埋立されていた廃棄物を航空燃料に転換できる点が最大の魅力です。
FT合成は20世紀前半に確立された歴史ある化学プロセスですが、SAF向けには原料の前処理とガス化工程の安定運転が技術的なハードルとなっており、商業規模のプラントは世界でも立ち上げ段階にあります。米国や英国では都市ごみを原料とするプロジェクトが進行しており、日本でも都市ごみガス化技術に強みを持つエンジニアリング企業が参画する計画が動いています。ごみ処理という自治体の課題と航空脱炭素を同時に解決するモデルとして、中長期的な期待は非常に大きい技術です。
e-fuel(合成燃料)──CO2と水素から作る究極のSAF
e-fuel(合成燃料)は、再生可能エネルギー由来のグリーン水素と、発電所・工場・大気から回収したCO2を合成して製造する液体燃料で、PtL(Power to Liquid)とも呼ばれます。原料が「電力・水・CO2」であるため、バイオマス由来のSAFのような原料制約が事実上存在せず、航空脱炭素の究極的な解決策と位置づけられています。回収CO2の利用という点で、CCUS(CO2回収・利用・貯留)産業とも密接に関係する分野です。
課題は明確で、製造コストが従来ジェット燃料の5〜10倍と、SAFの中でも最も高いことです。コストの大半はグリーン水素の製造コストであり、再生可能エネルギーの電力価格と水電解装置のコスト低減がe-fuel普及の前提条件となります。EUのReFuelEU Aviationでは、合成燃料に独自の混合サブターゲット(2030年1.2%、2035年5%)を設定して需要を先取りしており、ENEOSや出光興産をはじめとする日本企業も、グリーンイノベーション基金の支援を受けて技術開発を進めています。
4技術の比較と成熟度
4つのパスウェイを原料・成熟度・コストの観点で整理すると、以下のようになります。現在はHEFAが商業化で先行していますが、原料の拡張性ではFT合成とe-fuelが勝り、時間軸によって主役が交代していく構図が見て取れます。
| 技術 | 主な原料 | 混合上限 | 成熟度 | コスト水準 |
|---|---|---|---|---|
| HEFA | 廃食油・動植物油脂 | 50% | 商業化済(世界供給の8割超) | 従来燃料の2〜3倍 |
| ATJ | バイオエタノール等 | 50% | 初期商業化(2024年〜) | 従来燃料の3〜5倍 |
| FT合成 | 都市ごみ・バイオマス | 50% | 実証〜商業移行期 | 従来燃料の4〜6倍 |
| e-fuel(PtL) | 回収CO2+グリーン水素 | 50% | 実証段階 | 従来燃料の5〜10倍 |
※公開情報をもとに編集部作成。プロジェクトにより進捗は異なります。
製造技術の選択は、そのまま原料戦略の選択でもあります。次章では、HEFAの主原料である廃食油をめぐる国際的な争奪戦と、都市ごみ・微細藻類など原料多様化の最前線を報告します。