SAF(持続可能な航空燃料)産業の最大のボトルネックは、製造技術ではなく原料です。本ページでは、廃食油(UCO)をめぐる世界的な争奪戦、日本国内の回収網構築、都市ごみや微細藻類などの次世代原料、そして持続可能性認証の仕組みを報告します。
原料多様化の全体像──なぜ原料が主戦場なのか
SAFの製造コストのうち、原料費は技術によっては5〜7割を占めるとされています。つまり、どの原料をどれだけ安定的に確保できるかが、SAF事業の競争力を直接左右します。現在商業化の中心にあるHEFA技術は廃食油・動植物油脂を原料としますが、その供給量には物理的な上限があり、世界のSAF需要の拡大ペースに追いつきません。
国際エネルギー機関(IEA)や業界団体の分析では、2030年代のSAF供給を支えるには、廃食油に加えて、都市ごみ、農業・林業残さ、非可食エネルギー作物、バイオエタノール、微細藻類、さらには回収CO2まで、原料ポートフォリオの多様化が不可欠とされています。バイオ燃料産業の川上を押さえる競争は、すでに世界規模で始まっています。
※各種公表資料をもとに編集部作成。コスト・技術成熟度は考慮していません。
廃食油(UCO)争奪戦と国内回収網
廃食油(Used Cooking Oil:UCO)は、現在のSAF生産の主力原料です。世界のHEFAプラントの増設ラッシュに伴って需要が急増し、国際的な廃食油の取引価格はこの数年で大きく上昇しました。欧州や米国の製造事業者はアジアからの輸入を拡大しており、日本で発生する廃食油も、かつては飼料や工業用に国内利用されていたものが、高値で海外へ輸出されるケースが増えています。
日本国内の廃食油発生量は年間約50万トンとされ、そのうち事業系の多くはすでに回収ルートが確立しています。国産SAFの原料としてこれを国内で確保するため、石油元売、商社、回収業者、自治体、外食チェーンが連携した回収網の構築が急速に進んでいます。大阪府堺市のサファイア スカイ エナジーのプラントは「国内の廃食油のみ」を原料とすることを掲げており、家庭系廃食油の回収ステーション設置など、これまで捨てられていた油を集める取り組みも各地で広がっています。
一方で、廃食油の国内発生量をすべてSAFに回しても、日本の2030年目標(燃料使用量の10%、約170万キロリットル規模)には遠く及ばないと試算されています。廃食油は「最初の一歩」であり、次の原料への布石を早期に打てるかが、国産SAFサプライチェーンの持続性を決めることになります。
都市ごみ・廃棄物系原料の可能性
都市ごみ(Municipal Solid Waste:MSW)は、FT合成パスウェイの代表的な原料です。日本は年間約4,000万トンの一般廃棄物を排出しており、その大部分が焼却処理されています。この「都市の油田」ともいえる廃棄物をガス化してSAFに転換できれば、ごみ処理コストの低減、焼却によるCO2排出の削減、航空脱炭素という3つの課題を同時に解決できます。
海外では、都市ごみ由来SAFの商業プラントが英国・米国で建設段階に入っており、日本でもごみ焼却プラント技術に強みを持つエンジニアリング企業や自治体が参画する事業化調査が進んでいます。課題は、ごみの組成が季節・地域で変動するため安定したガス化が難しいこと、そして既存の廃棄物処理制度との調整です。廃棄物行政とエネルギー政策をまたぐ制度設計が、この原料ルートの立ち上がり速度を左右します。
非可食バイオマス・微細藻類など次世代原料
食料と競合しない非可食系原料の開発も活発です。稲わら・麦わら・林地残材などのセルロース系バイオマスは、エタノール化してATJに接続するルートと、直接ガス化してFT合成に接続するルートの両方が研究されています。休耕地で栽培できるエネルギー作物(ポンガミア、ジャトロファ、ミスカンサスなど)への投資も、海外を中心に再び拡大しています。
日本発のユニークな取り組みとして注目されるのが、ユーグレナ社による微細藻類(ミドリムシ)由来のSAF開発です。微細藻類は単位面積あたりの油脂生産性が陸上植物を大きく上回る可能性を持ち、耕作地と競合しない点が長所です。同社は培養効率の向上にAIとIoTを活用する共同研究を進めており、バイオ燃料のコスト構造を変えるポテンシャルが期待されています。実用規模での培養コスト低減が最大の課題であり、2030年前後の商業規模化を見据えた開発が続いています。
原料の持続可能性と認証制度(ISCC・CORSIA適格)
SAFの原料は「持続可能であること」が制度的に担保されなければなりません。国際的に広く使われているのがISCC(International Sustainability and Carbon Certification)などの第三者認証で、原料の生産・回収からサプライチェーン全体のトレーサビリティ、ライフサイクルでの温室効果ガス削減率を審査します。ICAOのCORSIAに適格な燃料(CORSIA Eligible Fuel)として認められるためにも、承認された認証スキームの取得が必要です。
認証は、廃食油の「本当に廃棄物か(バージン油の混入がないか)」という真正性の確認や、土地利用変化による生態系への影響評価まで含みます。原料調達のグローバル化が進むほど、不正混入リスクへの監視も強まっており、認証対応力そのものがSAF事業者の競争力の一部となっています。詳細な規制の枠組みは国際規制のページで解説します。
| 原料カテゴリ | 代表例 | 対応技術 | 現況 |
|---|---|---|---|
| 廃棄油脂 | 廃食油・動物性油脂 | HEFA | 商業化済・争奪戦が激化 |
| 糖・でんぷん系 | サトウキビ・トウモロコシ由来エタノール | ATJ | 初期商業化 |
| 廃棄物系 | 都市ごみ・廃プラスチック | FT合成 | 実証〜建設段階 |
| セルロース系 | 稲わら・林地残材 | ATJ/FT合成 | 研究開発〜実証 |
| 藻類・新原料 | 微細藻類(ミドリムシ等) | HEFA系 | 研究開発段階 |
| CO2+水素 | 回収CO2・グリーン水素 | e-fuel(PtL) | 実証段階 |
原料調達は、国内では自治体・外食産業・物流業を巻き込んだ地域圏の取り組みへと発展しています。次章では、こうした原料を実際にSAFへ転換する国内プロジェクトと主要企業の動きを詳しく報告します。