SAF(持続可能な航空燃料)市場の最大の特徴は、需要が「規制と目標」によって作られる点にあります。本ページでは、ICAOのCORSIA、EUのReFuelEU Aviation、英国・米国の政策、そして日本の2030年10%目標を整理し、制度が産業に与える影響を解説します。
規制が需要を作る──SAF市場の特殊性
SAFは従来のジェット燃料より3〜5倍高価であるため、市場原理だけに任せれば需要は自然には生まれません。そこで各国・国際機関は、混合義務化(マンデート)、経済的インセンティブ(税額控除・補助金)、排出規制(オフセット義務)という3種類の政策手段を組み合わせ、SAF需要を制度的に創出しています。
義務化アプローチの代表がEUと英国、インセンティブアプローチの代表が米国であり、日本は目標設定と供給側支援を組み合わせた中間的なアプローチを採っています。SAF産業への参入や投資を検討するうえでは、この制度の地域差を理解することが不可欠です。規制の設計次第で、SAFがどこで作られ、どこへ流れるかという世界の燃料フローそのものが変わるからです。
ICAO・CORSIA──国際航空の排出に枠をはめる
CORSIA(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)は、ICAO(国際民間航空機関)が2016年に採択した、国際航空を対象とする世界共通のカーボン・オフセット及び削減スキームです。基準年を上回るCO2排出量について、航空会社に排出枠(クレジット)の購入またはCORSIA適格燃料(SAF等)の使用による削減を義務付けます。
CORSIAは2021〜2026年の任意参加フェーズを経て、2027年からは多くの国で義務化フェーズに入ります。義務化フェーズでは対象となる路線・航空会社が大きく広がるため、オフセットコストを回避する手段としてのSAF需要が世界規模で押し上げられると予想されています。SAFの使用がクレジット購入より経済合理的になる水準まで炭素価格が上昇すれば、SAF市場にとって強力な追い風となります。また、CORSIAに適格と認められるSAFには持続可能性認証(ライフサイクルで10%以上の削減等の基準)が求められ、この認証制度が世界のSAF品質の共通言語となっています。
EU「ReFuelEU Aviation」──世界で最も野心的な義務化
EUは2025年1月、「ReFuelEU Aviation」規則に基づき、EU域内の空港で供給される航空燃料への2%のSAF混合義務を発効させました。混合比率は2030年に6%、2035年に20%、2050年には70%へと段階的に引き上げられます。さらに特徴的なのは、合成燃料(e-fuel)に独自のサブターゲット(2030年1.2%、2035年5%)を設けている点で、コストの高いe-fuelにも確実な需要を保証することで、次世代技術への投資を促しています。
ReFuelEU Aviationは燃料供給者に義務を課す仕組みであり、違反には罰金が科されます。また、航空会社がEU域外で安い燃料を多めに搭載してEU内での給油を回避する「タンカリング」への規制も盛り込まれており、制度の抜け穴を塞ぐ設計となっています。EUに乗り入れる日本の航空会社もこの規則の適用を受けるため、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。
英国の義務化と米国IRA──対照的な2つの政策
英国は2024年4月、2025年からジェット燃料の2%をSAFとする混合義務(SAF Mandate)の導入を正式決定しました。義務比率は2030年に10%、2040年には22%へ引き上げられ、年間120万トンのSAF供給が見込まれています。EUと同様、廃食油系HEFAへの過度な依存を避けるための原料別の上限や、e-fuelのサブターゲットも組み込まれた精緻な制度設計となっています。
一方、米国はインフレ抑制法(IRA)に基づく税額控除という「アメ」による政策を採用しました。SAF1ガロンあたり1.25〜1.75ドルの税額控除(その後は削減率に応じたクリーン燃料税額控除に移行)が生産を強力に後押しし、米国内のSAF生産能力は急拡大しています。「SAFグランドチャレンジ」では2030年に年間30億ガロン(約1,100万キロリットル)の国内生産目標を掲げています。義務化のEU・英国と、インセンティブの米国という対照的なアプローチの成果は、世界のSAF政策の行方を占う試金石となっています。
日本の2030年10%目標と制度設計
日本は「2030年時点で本邦エアラインによる燃料使用量の10%をSAFに置き換える」ことを国の目標として掲げています。これはエネルギー供給構造高度化法の告示に位置づけられ、石油元売各社に対して2030年度に合計171万キロリットルの国産SAF供給目標が設定されました。需要側の義務ではなく供給側の目標として設計されている点が、EUとの違いです。
供給側支援としては、GX経済移行債を財源とする設備投資支援、グリーンイノベーション基金による技術開発支援、そして2024年度税制改正で創設されたSAF製造への税額控除が三本柱となっています。また、空港側の受け入れ体制整備や、アジア太平洋地域とのSAF協力も国土交通省を中心に進められており、制度・インフラ・技術の三位一体で2030年目標の達成を目指す構図です。
※米国は混合率でなく国内生産量目標(SAFグランドチャレンジ)。編集部作成。
- 2024年英国がSAF混合義務化を正式決定。日本でSAF製造への税額控除が創設されました。
- 2025年EUのReFuelEU Aviation(混合2%)と英国SAF義務(2%)が始動しました。
- 2027年CORSIAが義務化フェーズへ移行し、対象が大幅に拡大する見込みです。
- 2030年EU6%・英国10%・日本10%目標の期限。世界のSAF需給が最初の審判を迎えます。
- 2050年EUは混合70%へ。国際航空全体でネットゼロ達成を目指します。
これらの規制はSAFの需要を保証する一方、供給不足の場合には燃料コストの急騰を招くリスクもはらんでいます。次章では、SAFのコスト構造と価格動向を詳しく分析します。