SAF(持続可能な航空燃料)産業の最大の課題は、依然として価格です。本ページでは、従来ジェット燃料の3〜5倍とされるSAF価格の構造、技術別のコスト比較、原料相場の動き、そして価格ギャップを埋める政策と量産効果の見通しを分析します。
SAF価格の現在地──3〜5倍の価格差
現在、SAFの価格は従来のジェット燃料の3〜5倍が相場とされています。ジェット燃料価格が1リットルあたり約100円前後の水準にあるとき、HEFA由来SAFは250〜400円程度、e-fuelに至っては500円を超える水準になるとの試算が一般的です。燃料費は航空会社の営業費用の2〜3割を占める最大級のコスト項目であり、この価格差は経営に直接影響します。
日本の航空会社は、2030年の10%導入目標を現在の価格水準のまま達成した場合、燃料費の大幅な増加により事業継続が困難になりかねないと警鐘を鳴らしています。SAFの普及とは、突き詰めれば「この価格差を、技術・規模・政策のどの組み合わせで埋めるか」という問題に他なりません。
※各種公表資料をもとにした概算レンジ。原油価格・為替により変動します。
技術別に見るコスト構造
SAFのコスト構造は製造技術によって大きく異なります。HEFAの場合、コストの5〜7割を原料(廃食油・油脂)が占めるため、原料相場がそのまま製品価格を左右します。プラント自体は既存の水素化精製技術の応用であり、設備費の比重は相対的に小さいのが特徴です。
ATJやFT合成では、原料コストに加えて、ガス化・合成といった複雑な工程の設備投資と運転コストが重くのしかかります。商業運転の実績が少ないため、初号機には技術リスクのプレミアムも上乗せされます。e-fuelのコストの大半はグリーン水素であり、水素1キログラムあたりのコストと再生可能エネルギーの電力単価が、そのままe-fuel価格の支配要因となります。つまり、SAFのコスト低減は「原料を安く集める競争」と「エネルギーを安く作る競争」の両輪で進むことになります。
原料相場の上昇──廃食油は「安い廃棄物」ではなくなった
SAF需要の急増は、原料市場の価格構造を一変させました。かつて廃棄物として処理費を払って引き取られることもあった廃食油は、いまや国際商品として取引され、この数年で価格が大きく上昇しました。欧州・米国・シンガポールのHEFAプラント増設が続く限り、廃食油の需給は逼迫基調が続くと見られています。
原料高はHEFAのコスト優位を徐々に侵食しており、相対的に、原料価格の安定した都市ごみ(FT合成)や、原料制約のないe-fuelの競争力が中長期的に高まる構図です。また、原料を輸入に依存すると為替や海上運賃の変動リスクも加わるため、国内で原料を確保できる国産SAFサプライチェーンには、価格安定性の面でも意義があります。詳しい原料動向は原料調達のページをご覧ください。
価格ギャップを埋める政策の役割
従来燃料との価格差は、当面は政策によって埋めるしかありません。米国のIRA税額控除はSAF1ガロンあたり最大1.75ドルを生産者に還元し、実質的な価格差を大きく圧縮しました。EU・英国の混合義務化は、価格差があっても一定量のSAFが必ず売れる市場を作ることで、事業者の投資回収を可能にしています。EUはさらに、義務化初期のコスト負担を緩和するためのSAF手当(アローワンス)制度も導入しました。
日本では、GX経済移行債による設備投資支援と、2024年度に創設された国産SAF製造への税額控除が価格差圧縮の柱です。加えて、SAF利用によるCO2削減価値を証書として販売し、荷主企業などの負担で価格差の一部を賄う「ブック&クレーム」の仕組みも広がり始めています。この需要側の新しい資金の流れについては調達戦略のページで詳述します。
コスト低減シナリオ──量産と学習効果
太陽光発電や蓄電池の歴史が示すように、エネルギー技術のコストは累積生産量が増えるほど低下します(学習効果)。SAFも例外ではなく、IATAや各種調査機関は、生産規模の拡大、プラントの大型化・標準化、原料調達網の成熟、そして製造プロセスへのAI活用による効率化が進めば、2030年代にかけて価格差は段階的に縮小すると予測しています。
特にe-fuelについては、グリーン水素の製造コストが1キログラムあたり2ドル以下に低下すれば、競争力が一気に高まるとされます。水素コストの低下は水電解装置の量産と再エネ電力の低価格化に依存しており、SAFのコストシナリオは水素産業・再エネ産業の成長シナリオと連動しています。すべての条件が揃うまでの「橋渡し」を政策と需要側の負担分担が担う、というのが2020年代後半のSAF価格の基本構図といえるでしょう。
航空運賃への影響はどの程度か
SAFのコストは、最終的には運賃や貨物運賃への転嫁を通じて社会全体で分担されることになります。ただし、現在の混合率(数%以下)であれば、運賃への影響は限定的とされています。仮に燃料費の10%をSAF(価格3倍)に置き換えた場合、燃料費全体の増加は約2割、営業費用への影響は数%にとどまる計算です。欧州ではSAFコースの上乗せ運賃(環境サーチャージ)を導入する航空会社も現れており、「脱炭素のコストを誰がどう負担するか」という問いは、航空業界から荷主・旅客を含む社会全体の議論へと広がりつつあります。
次章では、この高価な燃料を確実に確保するために航空会社がどのような調達戦略を採っているかを報告します。