ニュースの概要
アブダビ・エネルギー省は、スイスを拠点とするSmartenergy Group傘下のEvolve Fuels AGと、戦略的な協力協定を結んだ。目的は、合成持続可能航空燃料(e-SAF)をアブダビで投資・生産する機会を探ることだ。Evolve Fuelsが手がける海外の案件群と、現地の投資家や事業パートナーを引き合わせる。あわせて、e-SAFに関する政策や規制の枠組みづくり、生産に向けた戦略と工程表の作成も進める。今回は工場建設の決定ではなく、事業化へ向けた入口の合意である。ただ、石油の大産出地が航空燃料の脱炭素に本腰を入れ始めた点で、業界の地図が動く兆しといえる。
引用元: アブダビ、Evolve Fuelsと合成SAFの事業機会を検討(Abu Dhabi Department of Energy / WAM)
分析・見解
石油の産出国が、なぜ合成燃料に乗り出すのか
e-SAFとは、再生可能電力で水を電気分解して水素をつくり、これに回収した二酸化炭素を合わせて燃料にしたものだ。原料は電気、水、二酸化炭素である。油田が無くても、安い電力と広い土地があれば作れる。
アブダビにとって、これは石油の次の収益源になりうる。すでに同国は世界有数の低コストな太陽光発電を持つ。昼間の電力単価は、欧州の数分の一といわれる水準だ。e-SAFの製造費の大半は電力代で決まる。だから電気が安い土地ほど有利になる。産油国が手を挙げるのは、理にかなった動きである。
協定が実際に決めたことは、まだ小さい
ここは冷静に見たい。今回の合意は、調べる、つなぐ、枠組みを作る、という段階にとどまる。投資額も生産量も、着工の時期も示されていない。
過去にも、合成燃料の構想は各地で発表されてきた。しかし最終投資判断(=実際に資金を出して建設に入る決定)まで進んだ案件はごく少数だ。原因は、買い手が長期で買う約束をしないと、銀行が融資に応じにくい点にある。
つまり、本当の山場は協定の次にある。電力の確保、二酸化炭素の調達、そして燃料の買い手の三つがそろわなければ、構想のまま終わる。
規制づくりを同時に進める点が、実は一番の注目点
協定に政策と規制の枠組みが含まれていることは見逃せない。
欧州連合は、2030年に航空燃料の1.2%、2050年に35%を合成燃料にする義務を示している。これは需要を法律で作る仕組みだ。買い手が必ず現れるので、投資家は安心できる。アブダビが認証制度や品質基準を先に整えれば、欧州向けの輸出拠点になる道が開ける。
つまり、アブダビは工場の前に、ルールと販路の設計から着手している。この順序は、補助金頼みで先に工場を作って苦戦した他の地域との違いになりうる。
立地競争は、電力コストと港で決まる
今後は、中東、北アフリカ、豪州、北欧などが立地を競う。中東の強みは電力が安いことと、既存の石油輸送網、港、航空会社の近さだ。一方で弱みは、水資源の乏しさと、二酸化炭素を回収する発生源の確保である。海水の淡水化や、工場排ガスからの回収を組み合わせる設計が鍵になる。
製造費は現状、従来のジェット燃料の数倍とされる。この差が縮むかどうかは、電力単価と設備費の低下速度にかかっている。
ビジネスへの影響
日本の航空・商社・エネルギー企業が取れる動き
日本企業にとって、今回の動きは輸入先の候補が増える知らせだ。国内でe-SAFを作るには、再生可能電力が割高という壁がある。海外の安価な電力で作った燃料を輸入する選択肢は、現実味を増す。
商社やエネルギー企業は、早い段階で現地の事業者と接点を持つ価値がある。出資まで行かなくても、燃料の引き取り意向書を出せば、事業者の資金調達を後押しできる。その見返りに、将来の優先的な調達枠を得られる可能性がある。
航空会社は、調達の分散を今から設計したい
航空会社は、SAFを一つの供給源に頼らない方針が要る。廃食油由来、バイオ由来、合成燃料の三系統を組み合わせ、価格と量のリスクを散らす。
合成燃料は価格が高い。そこで、全量を買うのではなく、少量でも長期契約を結ぶ方法が有効だ。量が小さくても、契約があること自体が事業者の融資を助ける。
判断の物差しは、発表より資金決定の有無
意思決定者は、発表の派手さに惑わされないほうがよい。確認すべきは次の点だ。電力の長期契約が結ばれたか。二酸化炭素の調達先は決まったか。最終投資判断の時期は示されたか。
この三つがそろった案件だけを、本命として扱えばよい。当面は情報収集と関係づくりに留め、条件が整った段階で動く構えが、費用対効果の面でも堅実である。