空港のSAF受け入れ体制と品質管理

空港のSAF受け入れ体制と品質管理

SAFはどうやって機体に届くのか

SAF(持続可能な航空燃料)の話題では製造技術や規制に注目が集まりがちですが、製造されたSAFが実際に航空機の翼の中へ届くまでには、もうひとつの重要な工程があります。それが空港側の受け入れ・品質管理・給油のインフラです。どれほど大量のSAFが製造されても、空港で受け入れて安全に給油できなければ、航空脱炭素は実現しません。

SAFの物流経路は基本的に従来のジェット燃料と同じです。製造プラントから船舶・タンクローリー・パイプラインで空港近隣の燃料基地へ輸送され、貯蔵タンクを経て機体へ給油されます。SAFがドロップイン燃料であることの真価は、まさにこの「既存の燃料インフラをそのまま使える」点にあります。ただし、そこには従来燃料にはない品質管理と計量のプロセスが加わります。

とりわけ日本のように四方を海に囲まれ、燃料の多くを臨海部の基地から空港へ供給する国では、船舶輸送・受入桟橋・貯蔵タンクといった既存資産をどこまで活用できるかが、SAF供給コストを左右します。国産SAFプラントの多くが製油所跡地や既存コンビナート内に立地するのも、この物流インフラを引き継げるからにほかなりません。

ASTM D7566と混合・品質管理の実務

製造直後のSAF(ニートSAF)は、そのままでは航空機に給油できません。国際規格ASTM D7566に基づき、従来のジェット燃料と規定の比率(多くの製造方式で最大50%)まで混合され、密度・発熱量・凝固点・芳香族分などの品質検査に合格する必要があります。検査に合格した混合燃料は、通常のジェット燃料規格ASTM D1655の適合品として「再認定」され、その瞬間から法的にも実務的にも従来燃料と完全に同じ扱いになります。

この混合と再認定は、製油所や燃料基地で行われるのが一般的です。一度再認定された燃料は、既存のタンク、パイプライン、給油車を特別な洗浄や区分なしに通過できます。パイロットも整備士も給油作業員も、SAF混合燃料を意識する必要はありません。品質保証の枠組みを既存規格の中に組み込んだこの設計こそが、SAFの普及を支える隠れた工夫といえます。

品質管理の観点でSAFに特有なのは、製造パスウェイごとに性状が微妙に異なる点です。たとえばHEFA由来のSAFは芳香族分をほとんど含まないため、混合後の燃料が規格の芳香族分下限を満たすよう、混合比率の設計に注意が払われます。芳香族分は燃料系統のシール材の膨潤に関わるため、安全性に直結する管理項目です。こうした知見の蓄積が、将来の100%SAF運航に向けた技術的な土台になっています。

国内空港の受け入れ体制

日本国内では、2025年に堺のプラントで製造された国産SAFがANA・JALの定期便へ供給され始めたことを機に、空港側の受け入れ体制の整備が本格化しています。中部国際空港では以前からSAF受け入れの実証が重ねられ、成田・羽田・関西の各空港でも、輸入SAFや国産SAFの受け入れ実績が積み上がってきました。

受け入れの現場では、SAF混合燃料が到着するたびに、通常の受入検査に加えて認証書類(サステナビリティ宣言書など)の確認が行われます。燃料としての品質はASTM規格で保証される一方、環境価値の裏付けは書類とデータベースで管理されるため、現物と書類の二重のチェック体制が組まれているのです。これは従来のジェット燃料の受け入れにはなかった、SAF時代ならではの実務といえます。

空港側で重要なのは、貯蔵タンクの容量配分と受け入れスケジュールの調整です。空港の燃料基地は複数の航空会社・燃料供給者が共同利用しており、SAF混合燃料の受け入れ量が増えるほど、在庫管理と供給計画の複雑さが増します。国土交通省の検討会でも、空港給油施設の運用ルールや設備投資のあり方が、SAF導入拡大の論点として整理されています。

また、国際線ネットワークの観点では、日本の空港がSAFを安定供給できるかどうかが、路線誘致の競争力にも影響し始めています。EUの混合義務のような制度が広がるほど、航空会社は「SAFを確実に給油できる空港」を運航計画上重視するようになるからです。空港のSAF受け入れ体制は、単なる環境対応ではなく、空港間競争の新しい評価軸になりつつあります。

ハイドラントとマスバランス方式

大規模空港では、地下配管で各スポットまで燃料を送り、駐機場の給油ピットから機体へ直接給油する「ハイドラントシステム」が使われています。ハイドラント配管の中では、すべての燃料供給者の燃料が物理的に混ざり合うため、「この機体にはA社のSAF混合燃料だけを給油する」といった物理的な仕分けは不可能です。

そこで採用されているのが「マスバランス方式」という考え方です。空港の燃料システム全体に投入されたSAFの量を帳簿上で管理し、投入量に相当する環境価値を、SAFを購入した航空会社に帳簿上で割り当てます。物理的な分子の行方ではなく、量の収支で価値を管理するこの方式は、持続可能性認証の国際ルールでも認められており、ブック&クレーム方式とともにSAFの環境価値を支える制度的な基盤となっています。

マスバランス方式の運用には、投入量・払出量・在庫を厳密に突合する帳簿管理と、それを検証する監査体制が欠かせません。給油会社や燃料基地の運営会社には、従来の数量管理に加えて、持続可能性認証に対応したトレーサビリティ管理という新しい業務が生まれています。地味な領域ですが、ここで働くオペレーションの精度が、SAFの環境価値の信頼性を最終的に担保しているのです。

供給インフラの課題と今後

今後、混合義務や導入目標に伴ってSAFの取扱量が桁違いに増えていくと、空港インフラにも新たな投資が必要になります。ニートSAFを空港近隣で受け入れて混合する場合の専用タンクや混合設備、増加する品質検査への対応、地方空港への供給網の整備などが代表的な論点です。また、将来的に混合上限が50%から100%へ引き上げられれば、ゴム製シール材との適合性確認など、機材・設備側の検証も本格化します。

人材面の準備も見逃せない論点です。SAFの受け入れ・混合・認証管理には、燃料品質と持続可能性制度の双方を理解した実務者が必要ですが、こうした人材はまだ限られています。給油会社や空港運営者では、国際認証の講習受講や海外空港との情報交換を通じた育成が始まっており、SAF時代の空港オペレーションを担う専門人材の確保が、設備投資と並ぶ課題として認識されつつあります。

SAFの導入拡大は、製造プラントの建設だけでなく、燃料基地・給油会社・空港運営者を含むサプライチェーン全体の静かな進化によって支えられています。派手さはないものの、この「最後の数キロメートル」の整備状況こそ、各国のSAF導入の実力を映す鏡といえるでしょう。

今後の注目点は、2030年に向けた国内目標の進捗とともに、空港ごとのSAF取扱量がどこまで増えるか、そして地方空港を含む全国への展開がどのようなペースで進むかです。給油インフラの整備は一朝一夕には進みませんが、堺の国産SAFが定期便に給油された2025年を起点に、日本の空港の燃料供給網は着実に脱炭素仕様へと進化を始めています。当サイトでも引き続きこの動きを追いかけていきます。